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桂宮治兄さんに、訊いてみた。Vol.2「兄さん、前座時代の「神田松之丞」はどんな後輩でしたか?」

桂宮治(写真右)かつら みやじ

1976年生まれ、東京都品川区出身。本名、宮利之(みや としゆき)2008年、桂伸治に入門。2012年、二ツ目昇進。同年、NHK新人演芸大賞落語部門大賞受賞。ほかにも、にっかん飛切落語会最優秀賞(二年連続)、国立演芸場花形演芸大賞銀賞など、多数受賞。

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Vol.1「兄さん、なぜ落語家になったのですか?」

Vol.3「兄さん、二ツ目の最高峰から見てる景色は?」

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松之丞(以下、松):(桂)伸治師匠に入門が決まって。

宮治(以下、宮):まず着物買え、って言われて。うちのかみさんのおばあちゃんが着物縫えるひとだったんで、呉服屋さんに一緒に行って、安いウールの着物買ったの。そこの着物屋さんが、たまたま(三遊亭)小遊三師匠も使ってる着物屋さんで。「その協会に入るんです!」って。

:へー。そんな新鮮な会話してたんですか。

:そう。「小遊三師匠が、副会長やってる協会に、噺家として入るんです!」とか言ってた。懐かしいー。そのとき暮らしてたアパートの風呂場で、鏡に着物着た姿映して写真撮ったなー、嬉しくて。

:ピュアですねー。

:めっちゃピュア。キャッキャしてた。俺、噺家になるんだ! って。五千円で買った、ウールの着物で。「安いのでいいんです、前座でボロボロになるらしいんで!」とか言いながら。で羽織もついてて、「俺、羽織着ちゃいけないんだ」とかやりながら。いまでもその羽織、学校寄席とか行ったときに、子どもに着せたりするのに使ってる。

:そういう期待もあるけど、不安もありませんか。

:不安しかなかった。師匠に一番最初に言われたのは、「入るのはいいけど、いま前座で若いのいるんだよ。不良というか暴走族とか」って、完全に(瀧川)鯉斗兄さんとこっちー(柳亭小痴楽)のこと。「めっちゃ年下いるけど、そのひとたちに逆らっちゃいけないんだよ?」って言われて。「大丈夫です!」って言いながら、「俺、大丈夫かなあ」と思ってた。

:(笑)そこ心配だったんですね。

:鯉斗兄小痴楽兄のこと、ずっと言われてた。

:いま仲いいですけどね。

:で、楽屋入りの前に、楽屋見学に行ったときに。

:どんな印象でした?

:「うわー、俺こんなところで一生暮らすのか!」と思った。ちょっと「やだ」と思った。

:なんで?

:これあとで本人が「そんなことしてないよ」って言うんだけど、楽屋入って太鼓あるじゃん? 大胴(大太鼓)に、こっちーと(三笑亭)可龍兄さんが、こうやって手をついて。「太鼓に手なんかつかないよ!」って言うんだけど、絶対つけてた! つけながら、入り口の方を見て、俺んとこ見て、なんか会話してんの。「うわー、なんか性格悪そうだなあ」って思って。全然いいひとたちなんだけど、そのとき分かんないじゃん? もう悪魔のささやきをしているようにしか見えなくて。

:陰湿〜、と。

:で、俺は「失礼します」って、入って。で、便所の前の板の間よ。あそこに正座して。そしたらタテ机(注:前座がネタ帳をつける机)のところに(三遊亭)笑遊師匠がいたの。そんでうちの師匠が上がってる(注:出番のこと)ときかな? その場にいなかったときに、笑遊師匠が俺に向かって、「三十超えて入って、便所の板の間で座って。はっはっは〜」みたいな。「なにやってんだよ」みたいなことを、大きい声で言ったんですよ。

:(笑)

:それで、俺もう、「な・ん・だ・こ・れ〜!」と思って。のちにあの師匠のひととなりを全部分かると、大好きな伸治のところに弟子来てくれた、自分のところにも(三遊亭)小笑兄さんがいて。

:嬉しいんだ。

:すぐそういうのを冗談で言うじゃん? まだなにも分からないときにそれを言われて、初めての楽屋で。俺はもう無理だと思った。でも、もう決めちゃったから。うちの師匠の家で太鼓の叩き方とか教えてもらって、とにかく師匠はいいひとだった。(2008年)2月下席(注:寄席は十日ごとに番組が変わる。下席は21〜30日のこと)の浅草夜席(注:原則昼夜二公演)から楽屋に行って、「あとは楽屋で全部教えてもらって」って。「四時半くらいに行けばいいんじゃないの。四時半に昼席はねる(注:終演のこと)から。夜だから」って言われて、四時二十分くらいに行ったのかな。そしたら前座の先輩に、「なんでこんな遅いの? ダメだよ、もっと早く来ないと」。いや、うちの師匠に言われて...、と思ったけど、これあんまり言い訳しちゃダメなんだな、って気づいて、「本当に申し訳ございません」っていう、しくじりからはじまったの覚えてる。

:うわー、そうなんだ!

:師匠に言われた時間に行った。それより早めに行ってるけど。

:本当は三時半ですよね。

:そんなのわかんないし、うちの師匠も前座の入り時間なんて知らないし、事務局も教えてくれない。スタートはしくじりから。

:あんなできる兄さんが、謝りから。

:そのとき思ったのは、言い訳しなかった俺、かっこいい。

:(笑)

:そのときから、スーパー前座への道はじまってたね(注:落語と太鼓が上手く、気働きもできる三拍子揃った前座を"スーパー前座"と楽屋内で呼んでいる)。

:兄さん、そこ分かる。俺、言い訳ばっかりの人生だったから。

:いろんなひとに教わるんだけど、みんな言うこと違うじゃん? 茶碗の洗い方でも、順序すら違う。でも、俺、一切言い訳しなかったの。「違うよ!」って怒られても、「◯◯に教わったんで」って、一切言わなかった。「すいません、すいません」って謝るだけ。このひとのときはこっちの順番なんだ、このひとがタテ(注:その日の楽屋で一番先輩の前座のこと。司令塔の役割を受け持つ)のときは、このルールなんだ、って全部覚えようとした。そしたら、徐々に徐々にみんなが、「あいつデキるんだな」って分かってくれたと思う。誰かに言われたんだよな、誰だったか覚えてないんだけど、「宮治さんは言い訳しないからすごいと思います」って。ああ、分かってくれてるんだ、って。それは飲食店とかいろんなところで培った技術というかさ。社会に出てたから、先輩には逆らわない、先輩は立てる、言い訳しない、謝る、次は絶対できるようにする、すれば、認めてもらえる。だから、結果だけ残そうとしてたのよ。

:じゃあ、入ってすぐルールに馴染めた。

:馴染めないけど。半年間辛かったけど。

:僕は学生からすぐ入ってるんで、現実社会のルールがまったく分からないから比べようがないんですけど、社会のルールと楽屋のルールと、どこが一番違うんですか? 

:全部。あと、トイレットペーパーを"巻き紙"っていうとこ。

:(笑)

:「なんでトイレットペーパーで鼻かんだり口拭いたり、気持ち悪!」と思った。

:確かに、あれ楽屋ルールですよね。

:いまは普通にやるけど。当時「なんでケツ拭く紙で鼻かんでんだろ?」と思った。

:俺が一番引っかかったのは、師匠方が鼻かむじゃないですか。そしたら、目の前にゴミ箱出すじゃないですか。それがもう、べんちゃらというか、俺が師匠ならそんなことされたくないし。もう、下郎みたいな。

:俺はそれ引っかからなかった。そういうもんなんだと思った。ただ、めんどくさいな、と思った。ルールとしては、置きっぱなしにしちゃいけないじゃん。

:そうですね。

:よく鼻をおかみになるんだったら、横にゴミ箱を置いといてあげればいいじゃん? と思ったけど、それは一回一回下げなきゃいけない。またそのひとが鼻をかむ、こんな無駄な作業ないなと思って。

:その紙もケツ拭く紙だし、っていうね。俺、"姉さん"とか呼ぶのも嫌で。本当の姉さんじゃないし、いかにも業界人っぽいし。

:俺、誰かのことを「お兄さん」って言ったら、「俺はおまえの兄弟じゃねえよ」って言われたことある。

:(笑)

:そうか。お兄さんじゃないんだ、兄(あに)さんかと。

:ほかにしくじったことあります?

:俺、誰かにめっちゃ怒られたとか、たぶんないんだよね。唯一師匠に小言を言われたのは、師匠と(神田)蘭姉さんと俺で仕事行った帰りに蕎麦屋に入って、師匠が天ざるかなんか頼んで、姉さんもそれと同等かちょっと安いの頼んで、俺が中華そば頼んだの。チャーシュー麺。全然安いんだよ? それで小言くらった。「なんで蕎麦屋でラーメン食うんだ、おまえは。蕎麦屋は蕎麦だろ!」って。このひと、なんでこんなことで怒るんだろう、安いからいいじゃん、って思った。で、一年後同じ現場で、(三笑亭)朝夢兄さん(現・小夢)がチャーシュー麺頼んだらしい。そのとき師匠が、「あ、そっか。和風出汁だし、蕎麦屋のラーメンって美味しいんだ!」って気づいたらしくて。

:(笑)

:一年後だよ。一年後、楽屋で会ったときに、「宮治宮治〜」って軽いノリで呼ばれて。「なんすか、師匠」って、俺ら友だちみたいな感じでしゃべちゃうじゃん? 「師匠、どうしたんすか?」ったら、「おまえ、ごめん! みんなラーメン食べるんだよ、蕎麦屋で」って謝ってくれた。

:やさしいなあ(笑)

:「でしょー、師匠!」「そうなんだよ、朝夢も食べるんだよ。美味いらしいな」「そうなんすよ、師匠!」

:伸治師匠も、どこかで引っかかってたんでしょうね。

:違う、そんなことじゃない。ただ単に、食べるひといるんだ、ってびっくりしたの。

:(笑)そんなに深くない。

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スーパー前座時代の宮治兄さん。真ん中は春風亭昇也さん、右は春風亭吉好さん。©今井一詞


:俺と兄さん、三ヶ月くらいだよね、離れてるの。

:ここきた。

:ここきた、ってなに(笑)。三ヶ月くらいで兄さんがちょっと慣れたころに、俺が入ってきたんだよね。

:やっと下が。

:俺、兄さんの直下だもんね。

:直下ですよ。やっと俺、教える立場だと。

:それは嬉しいもんですか。

:で、講談のやつらしいよ、って。講談の方には載ってるらしいぜ、こいつだこいつだ、って(注:松之丞は2007年11月より日本講談協会に前座として登録されている。落語芸術協会に入会し、楽屋入りしたのが2008年5月)。

:噂に。

:どんなやつかね? って。

:入ってきたら。

:僕はね。上に逆らっちゃいけない、言い訳しちゃいけない、っていうのを従順に守ったんですよ。そのあと入ったやつはね、もう嘘と、嘘と、言い訳のかたまりが入ってきたから。

:講釈師に向いてたんだなあ。

:なんだこのやろうは、と。松之丞。おいおい兄さん方、とんでもないのが入ってきたぞ、と。

:そうそう。あったあった。

:文句は言ってこないけど、やる気ない顔で嫌々やりながら。なおかつ言い訳しかしない。「いや、そうじゃないんです兄さん。あの兄さんが...」とか。「言い訳すんな!」って、俺、何回言ったか分かんない、おまえに。

:(神田)きらり姉さん(現・鯉栄)の太鼓のこと覚えてる。

:それは、俺が何回も言ってるからだろ? 松之丞ダメダメ列伝。これ絶対載せてほしいけど。

:載せる載せる。

:ルールとして、先輩から代々受け継ぐ太鼓の紙というのがあって、何十枚も。

:テが載ってる。

:こういう叩き方、というのがね。それを、新しく入ってきたひとのために、お金ない一番下の前座だけど、自腹でコピーしてすぐに渡して、教えなきゃいけない、っていうルールがあるからさ。松が入ってきてくれたから、近くのローソンに行ってさ、何百円も出してさ、俺、すぐ渡したし、「松之丞さん、これ覚えなきゃいけないよ」って。おまえ下手くそじゃん、太鼓。

:そう。

:で、練習もしないじゃん。

:しない。

:太鼓下手なのに練習もしないって、クソみたいなやつだったけどさー。でも、俺、渡したよ。

:ええ。

:で、一番(太鼓。開場の合図として一番下の前座が叩く)を浅草でかな、叩いてるときに、二ツ目の出番のきらり姉さん、おまえの姉弟子がね、いま昇進されて鯉栄になりましたけど、浅草の二階の楽屋から降りてきて、おまえんとこ行ってさ、「なんなの、いまの太鼓!」ってマジギレされてて。これは近くにはいちゃいけないな、って空気読んで。

:社会経験活きてますね。普段あんなに優しい姉さんが、マジギレでしたもんね。

:でも、どう怒られてるかは聞いてなきゃいけない。俺が教えてる立場だし、あとでフォローというか、まっちゃんに「ちゃんと練習しなきゃね」とか言わなきゃいけないな、って。可愛い後輩だな、と思ってたよ。隠れて聞いてたら、きらり姉さんが「なに? 練習してて分かんないの? 太鼓のさ」「いや、あんまり...」「太鼓の紙とか、もらえるよね? 上からさ、宮治さんからさ、もらってるでしょ? なんでそれ見て練習しないの?」って言ったときの、おまえのひとこと。「いや、もらってません」。嘘つけーーー!!!! 

:お茶目だな、俺(笑)

:嘘つけ!! 俺もう、がくってなったもん。俺はこいつを信用しちゃいけない。あいつは俺を売った。俺が悪いことになってる。

:自分を守りたかったんでしょうねえ。

:ひどいよ、おまえ。だからおまえの言うことだけは信じるな、ってみんなに言った。ひとのせいにするよって。

:あとねえ、俺、兄さんに怒られたの覚えてるのはね、冷たい飲み物出すガラス器の拭きがあまいと、臭くなっちゃうんですよ。で、俺が拭きがあまいまま置いておいたら、兄さんが「誰だこれ拭いたの!」って怒ったときに、俺がそっぽ向いたから、兄さんさらに怒った記憶あるわ。そんときも、俺、嘘ついたんだよね、確か。「これ誰がやったんだ」って言ったときに、俺、手を挙げなかったというか。なんか、あいつ怒ってんなー、まいっかって。

:ほんとめんどくさかったよ、おまえ。なんなの、講談って! て思ったよ。きらり姉さんしっかりしてるし、(神田)松鯉先生(注:松之丞の師匠)すげーいいひとなのに、なんなの講談! って。

:うちの師匠の徳の貯金を、僕が食い尽くしたんですよ。

:おまえ、ほんっとできなかったよね。

:できない。なんだろう、"松之丞"って名前かっこいいから、字面だけで期待されてたんですよね。なんか様子がいいのが入ってくるんだろう、って期待してたら、俺だったから。若干ハブられてたもんね、俺。

:あ、最初ね。「あいつなに?」みたいなかんじあった。いまじゃ想像つかないけどね。

:陰口もばんばん飛んでた。

:松之丞が引っ叩かれてんの見たことあるよ。

:俺、引っ叩かれてた(笑)。

:謝らなかったんだよ、おまえが。言い訳かなんかしてた。「言い訳すんじゃないよ!」って引っ叩かれてた! 超おもしろかった。俺、「ざまーみろ!」と思ったもんね。

:(笑)

:「しょうがないよ、おまえが悪いんだから」って。

:なんかしくじって、怒られてたんだけど、なんか俯瞰で、「なんでこんなに怒られてるんだろう」って、最悪なんだけど、ちょっとへらっとした瞬間に、パーン! て引っ叩かれた。そのあと俺、高座だから、ほっぺた押さえながら「勉強させていただきますぅ」って「三方ヶ原(軍記)」読んだら、超出来がよかったからご機嫌で降りてきて、「おつかれっした〜♪」みたいな。そりゃ嫌われるわな、と思って。あったなー。でも、楽しかったですね。

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パーン! と引っ叩かれた松之丞。


:楽しかった。なんだかんだで、すぐ慣れたし。

:兄さん二ツ目になって大ブレイクしましたけど、前座のころはあんまりワキ(注:寄席以外の仕事のこと)ですごく使われてるってかんじでもなかった。

:そうだね。寄席では重宝していただいてましたけど、ワキでは使いづらかったんじゃない? 高座うるさいし。うちの師匠の教えは、「嘘と泥棒するな」これは当たり前で。それは絶対ね。だからおまえなんかすぐ破門だよ。

:(笑)

:嘘ついたら破門。泥棒したら破門。どんな小さなものでも、ポケット入れたらアウト。楽屋は信頼で成り立ってるから。あと、「仲間を大切にしろ」。同期や仲間を大切にしないと、一生つきまとうから。

:ふんふん。

:あと、「その日の一番になりなさい」。

:なるほど。

:前座だろうが関係ない。俺もそうやってた、と。一番笑いをとって、一番になるってことを目標にしろ、と。だから俺、誰の仕事に行っても、一番笑いとってやろうとしてたから、そんな前座、いま考えたらやだよね。

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:俺はそもそも機能してない前座だったから。兄さん前に観たって言ってたよね、池袋で。

:ああ、ひと殺すやつ。十一人殺したの。あれ、ダメだよね。

:あれダメ。池袋で、師匠の芝居(注:主任興行のこと)だったんだけど、「慶安太平記」の「正雪の最期」って、みんなの首はねて、最後に自分も切腹して、その腸を相手に投げる。

:投げつけるやつね。

:それを前座で演ってた。

:そう。俺が昼席でおまえが夜席。まっちゃんの観ていこう、勉強していこう、っていうか、仲間がいま、どんな高座やってるのか観てからかーえろ、と思って。で、緞帳が上がって、そんなめっちゃいっぱい入ってるわけじゃないけど、二、三十人お客さんがいてね。五十代くらいかな、綺麗めのご夫婦がいらっしゃってね、上手(注:舞台向かって右側のこと)の後ろの方に。なんか食べたりしながら、キャッキャしててね。で、おまえがひとを殺しはじめた瞬間に、奥さんが「え?」てかんじで旦那の方見て。最終的に「ぶふぇくしくぐぶぁ〜ぶっしゃー! 血がぶわー! 首がばーっ!」って瞬間に、すごい笑顔だった奥さんが、「あああああ」ってなってきて、震えてる! って。なんでこんなところに来ちゃったんだろう、わたし、みたいなかんじで、おまえがなんのフォローもせずに終わったあとの(三笑亭)可女次兄さん(現・可風)のやりづらそうだったこと。

:いや、違うの。可女次兄さんは、まったく前みてないから。上がったときに、「あれ? 超重いけど、なんかあったのかな?」って(笑)

:(笑)そんなかんじだったっけ。

:それで終わったあとに、俺がそういうふうにしたんですよ、って言ったら「ああ、そうなのー」って。

:あれはね。

:地獄絵図でしたね。

:前座の身分で、十五分でひとをあそこまで恐怖におとしいれるのは、あのころからまっちゃんの片鱗は出てたよ。

:頭おかしかったですよね。兄さん、前座のころなに考えてたの? 二ツ目になったらみてろよ! みたいなかんじ?

:それもない。

:ない?

:これを一生続けていくんだ、と思って入ってるじゃん。はじめて覚悟をしたの。三十か三十一の、落語家になるときに。落語たいして聴いたこともないくせに、会社辞めてかみさん犠牲にしてまで、家族と一緒に過ごすのが目標だ、とか言っておきながら入るんだから、一生やらなきゃいけないんだ、ここで一生生きていくんだ、と決めたから。だからあとはこのなかで楽しく頑張ればいいや、と。ただ、"その日の一番になる"という、うちの師匠の教えだけ永遠に守っていけば、いずれ何年か何十年後かに、多少の結果は出てくるんじゃないか、ぐらいのかんじ。

:でも兄さん、初高座やったあとに向いてると思ったでしょ?

:「子ほめ」やったときに。

:新宿?

:浅草。「子ほめ」やったときに、ウケたんだよ。すっげー緊張してたのに。経験あるでしょ? それまではさ、高座返しで何度も出てるじゃん。浅草の、あの風景見てるわけじゃん。でも座布団に座って、いまから十五分間ひとりで演るんだというのが分かった瞬間に、超緊張しなかった?

:緊張しますよ。

:俺、びっくりして。いつもと景色が違うふうに見えて。「ああ...」となったけど、一、二分話はじめたら、楽しくなってきちゃった。最初はガッチガチだったのに。

:向いてるわ〜。

:で、演ってたらウケるから、「もっともっと演りたーい!」って終わって降りてきたときに、ある姉さんが「子ほめは宮治さんのためにある噺だね」みたいなことを言ってくれたの。冗談かもしれないけど。

:へえー。嬉しいですね。

:楽しかった。向いてるとか向いてないとかじゃなくて、演っててめちゃくちゃ楽しいな、お客さんにもっと笑ってもらいたい、って。前の仕事に戻るけど(Vol.1参照)、逃げようと思っているお客さんを、いくらでも逃げられる状況で、無理やり嘘言って集めたお客さんを、二十分とか聴かせなきゃいけないわけじゃん? それがもうないんだよね。金払って、聴きたいと思って座ってるって、こんなラクな状況ありますか!? と。

:なるほど。

:こっちなにやっても帰らないじゃん。聴きたいと思って金払ってるひとの前で十五分話すって、こんなラクなんだ、と。

:そこから伸治師匠に噺教わって。

:最初は師匠から二本。「子ほめ」「初天神」。うちの師匠は放任主義だから、勝手にやって、と。家にも来なくていいし、電話かけても「いいよ、そんなにかけてこなくても。勝手にやって」っていうひとだったから。そのかわり、なんかあったときはいの一番に助けてくれるから、かっこいいんだけど。だから三本目は小柳枝師匠の「金明竹」。自分でお願いに行って。

:はー。それでどんどん覚えていって。

:いや、どんどん覚えてない。うちの師匠に「歳いってるから、なんとか四年間で、覚えるの大変だと思うけど、なんとか、辛いと思うけど、二十本覚えろ」って言われたの。

:(笑)

:「えー! そんな覚えなきゃいけないんだ」と思ってたら、すんげー及第点低かったな、と思って。雷太兄さん(現・桂伸三)なんて、その当時「月一本は最低で、五十本」ってノルマを課されてるひとがいるのに、俺二十本でいいんだ、って途中で気づいた。だから俺、すげー遊んでた。(三遊亭)小笑兄さんとかと、しょっちゅう飲みに行ってた。

:それで兄さん二ツ目になるじゃないですか。その一年目でものすごいブレイクした。

Vol.3「兄さん、二ツ目の最高峰から見てる景色は?」につづく。