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サンキュータツオさん(米粒写経)に、訊いてみた。Vol.3「タツオさん、あなたにとって「神田松之丞」とはなんですか?」(最終回)

サンキュータツオ(写真右)
1976年生まれ、東京都出身。早稲田大学の落語研究会で出会った居島一平と漫才コンビ『米粒写経』を結成。ボーイズバラエティ協会員。一橋大学非常勤講師。落語関係の執筆・編集協力などのほか、学術論文なども執筆。
【公式ブログ】サンキュータツオ教授の優雅な生活 http://39tatsuo.jugem.jp/
【Twitter】http://twitter.com/39tatsuo
Vol.1 「タツオさん、寄席演芸の原体験はなんですか?」
Vol.2「タツオさん、なぜシブラク(渋谷らくご)をはじめたのですか?」

:僕がシブラク二回目に顔付けされたのは、なんでだったんですか?

:僕の90年代の演芸ネットワークのなかに、講談をずっと追いかけてる人とか、浪曲をずっと追いかけてる人っていうのがいるんですよ。
(神田)北陽時代から山陽さんを追っかけて、(神田)阿久鯉先生を追っかけてってひとや、演芸を好きな人たちが教えてくれてたんですよ、松之丞さんっていう講談師がいるよ、俺は怖くて観れないけど、って。

:どういう意味ですか(笑)。

:いっかい観たら、ハマっちゃうかもしれないし、嫌いになるかもしれないし、怖いから観れない、って。
僕は(上野)広小路亭で松之丞さんを観たときに、「この人なら絶対、大丈夫!」って思いました。で、浪曲マニアからの情報で、『浪曲まつり』に行ったら、(玉川)太福さんが『自転車水滸伝』(注:太福の新作浪曲)をやって、こんなに若くて面白い人いるんだ! と。
これはシブラクに来てくれるひとに見せたいなと思って。

:二回目に、講談と浪曲を出して。

:落語だけ四席という回だけじゃなくて、ちょっと変化が欲しい、っていうのもあったし、講談も浪曲も、落語に負けないくらいエンタメ色が強いんだけど、意外とみんな知らないんですよ。
古くから日本人が愛してきた言葉のリズムやメロディ、言い回し、エクリチュール(快感)って、落語にも講談にも浪曲にもあると思うんです。
ただ、あくまで落語がメインの場所ではあるので、メンバーは広げず、長期戦で戦ってもらえそうなひと、というのを考えました。

:なるほど。じゃあ僕と太福兄さんをナマで観て、これはいいって。

:でも、それは悩んだわけですよ。自分がそんなに知らないものに手をだしてはいけないなっていうのもあって。まあ、そんなに注目度高くない会だしいいかなって、お願いしたって感じかな。
松之丞さんの一発目、討ち入りの日(注:2014年12月14日)に声かけて、当然"それ"でくるかなって思ってたんだけど、新作を演ってしっかり笑いとった。このひと、自分にうっとりしない人なんだって思って、若いのにすごいな、と思ったのを覚えてる。
芸人って、ネタ選びが八割だと思うんですけど、あの日だれよりもあの場の空気を読み切って、自分と会とお客さんが一番得をする場にしてみせた。
客席に合わせてネタを展開してくるし、前後の出演者で、自分の役割も分かる。芸人としての肩の力もあるし耐久性があるなって。これはもう、毎月二回出てもらおう、って感じでしたね。なんかごめんね、えらそうに。ここはおなじ芸人としてのリスペクトと、「観てるよ」っていう愛情表現だと思ってください。

:あの日は(春風亭)一之輔師匠がトリで、ヒザ(注:三番手)だったんですね。そこで『トメ』(注:松之丞の新作講談)演ったんです。なんかマクラで言って『トメ』っていう構成を考えてたんでしょうね、三番手として機能するために。

:俺、一番納得したのね。そうだよね、って。

:僕は、三番手に入れられたのは、タツオさんに試されてるって思ったんですよ。その後も三番手に使っていただくことが一番多いんですけど、それはタツオさん的にどういう感じですか?

:本来、松之丞さんの芸っていうのはトリの芸だと思うんですよ。

:講談ですしね。

:パワーもそうだし、若いし勢いもあるし。お客さんも、松之丞さんを聴いたあとは、噛み応えのあるものを堪能して、ちゃんと疲れると思うんですよ。
そういう意味でトリ、あるいは仲トリ(二番手)がいいかなとも思ったんだけど、シブラクって予測不可能な会でもあって、ネタ出ししてないし、二ツ目が冒険してとっちらかっちゃうときも、なくはない。
一番手で大ネタやっちゃうのも"アリ"だから、後ろの出番ほど迷う。だけど、最後は真打いるっていう安心感があるから。(隅田川)馬石師匠とか(橘家)文左衛門師匠が、どうとでもしてくれる安心感がありますよね。
ていうなかで、「来てよかった」「もう一回来てみよう」って思わせるのは、三番手だと思ってるんだよね。信頼感のあるトリの前で、「得をした」「来てよかった」と思ってもらえる仕事をする場所。
それに尺調整。繋ぎの技術。いろいろなことが試されて、一番やりにくいと思うんだけど、注目枠は実は、トップと三番手だと僕は思ってるんですよ。あと、落語家さんの中でも松之丞さんのこと知らない人多いじゃん

:多いですね。

:トリの師匠がギリギリで楽屋入りしても、モニター越しに、松之丞さんの講談聴いて、高座後に松之丞さんがご挨拶できるように。
僕が演者さんに提供できるメリットって、所属協会が違う同士の顔つなぎの場を作ることとか、そういうことくらいしかないんですよ。そういう意味でも三番手。

:まさにその流れで、(立川)生志師匠や文左衛門師匠の会に呼んでいただきましたから、ありがたいです。
いま、僕を含めて、毎月とか、定期的に出演しているレギュラーがいるじゃないですか。そういうひとたちに期待してることってなんですか?

:もう今以上のことはなにも求めません。ホントに毎回すごいです。毎月感動してます。
初心者を感動させながら、リピーターを満足させる耐久性、タレント性、プロ意識。
それと、いろんな派閥というか、グループのハブになっている人。たとえば、文左衛門師匠や(入船亭)扇辰師匠を追いかければ、(柳家)小せん師匠や(柳家)喬太郎師匠に出会える。
(柳家)喜多八師匠なら、(入船亭)扇遊師匠とか(瀧川)鯉昇師匠に出会える。一之輔師匠はそういう意味で、寄席も出てるし、いろんな会派を超えた会にも出てるし、そういうハブ。

:それって、意外な感じがするひとも多いと思うんですよ。基準は、ハブになるひと。

:そして、僕が好きなひと。あとは、「このライン」っていう分かりやすさを少しずらしたいというのもある。
長期的に会を運営していくためには、どう展開していっても対応できる種はまいときたいというのがあるので。

:いろんな落語会って、大事にしているひとっていうのがあって。シブラクに関しては、絶対(瀧川)鯉八兄さんですよね。

:鯉八さん大事でしょ!シブラクだけじゃないです、落語界全体にとって大事なひとだと思います。鯉八さんが今後どう受け止められていくか、というのは、落語がどこまで時代に対応するのか、ということの、ひとつの基準になると思っています。

:それを明言するのって、あんまりないじゃないですか。鯉八兄さんから、「タツオさんに会うんだったら、感謝してます、って言ってください」って伝言が(笑)

:(笑)出演していただいているだけで感謝なので、むしろ渋谷らくごに出ている、ということがすべての演者さんのご迷惑になっていないか、常に心配しています。
主催者やお客さんとの間で板挟みになってしまう苦しさを、演者さんには味わってほしくない。

:鯉八兄さんがいることによって、シブラクってすごく意味のある会になってますよね。
タツオさんの中で、自分が評価しているひとが、世間で評価されてないと腹立つ、っていう、その溝を埋めたいっていう願望ありますよね。

:面白いのを決めるのは俺だ、って思ってる。評価は俺が決める、って思ってないとできないと思うんだよね、番組を決めるって。  不安になっちゃって、結局他と似たりよったりの人選になるでしょ?

:タツオさんから見て、シブラクと他の会ってどう違うんですか?

:僕が楽しい!!(笑)どんな番組になるか、自分でも想像がつかない! そういう演者さんたちに出ていただける楽しさ!

:俺が選んでる(笑)

:(笑)シブラクの五日間は、ほぼすべての仕事断ってます。精神的にもしんどいですよ。期間外で、いろんな政治が行われるっていう精神的疲労もある。

:顔付けだけでも大変なのに。

:だからなんだよって思われるかもしれないし、褒めてくれ、って言いたいわけじゃない。いい高座見ると救われる。ホントそれにつきる! 
俺がこんなに救われるなら、お客さんだってこの公演見てくれたら、気分や世界の見方が変わる快感を味わってくれるにちがいない。
僕自身、志ん朝師匠の高座とか、いまでも夢に見て、起きたら泣いてるもん。こんな幸せな体験があるんだっていうのを教えてもらったから、そういう体験を、これから落語知る人に知ってもらいたいな、ってのがある。
俺が感動してるぐらいだから、みんなたぶん感動できる。


「松之丞」はなぜ、シブラクを満員にできるのか?

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:いま、流れ的にもシブラクきてるじゃないですか。いろんなメディアに取り上げられて。どこらへんに定めてるんですか、やめる時期って。

:成り行きだよね。『(昭和元禄)落語心中』をからめたいなって思ってて、『ダ・ヴィンチ』もうまくからめて、ありがたいことに、活字好きやお笑い好きの層に認知され始めてる。
シブラクという存在があるんだよ、って認知してもらうタスクは、かろうじてクリアできつつあるのかな、と。いま第一ステージの終わりかな。
今度は、シブラクの存在を知ってるよって人に、一歩踏み出してもらう、劇場に来てもらう、ってのをどうするかっていうところなので。それが演者さんたちに還元できるまでは。

:なるほど。シブラクやることで、金銭的にも負担的にもメリットないけど。よくタツオさん"恩返し"って言いますけど。自分が客であった歴が長い、愛情が深いひとが、恩返し、っていう発想になりますよね。

:学生時代、『わせだ寄席』に(橘家)圓太郎師匠とか(柳家)喜多八師匠、(立川)志の輔師匠に出ていただいたとき、一生かけて恩返ししないといけない、って、なにか還元しないといけないって思った。
で、いまでもずっと感謝の気持ちがあります。シブラクで圓太郎師匠にまた負担をかけちゃってるんだけど、やっぱりお願いしたい。
ずっと、師匠の独演会に行ってご挨拶したいって思ってても行けなかったし、お金もなかったし。シブラクをきっかけに再会できてよかったって。だからいま、二周目の面白さなんだよね、シブラクのベテランメンバー。

:そうか、面白いな。タツオさんが、どんどんどんどん落語のこと好きになってる。ところで、シブラクのトークのゲストもタツオさんが全部選んでるんですか?

:そう。僕の友達ですね。春日(太一。時代劇研究家)さんとか村瀬(秀信。コラムニスト)さんとか、自分の言葉を持ってるひと。
この時代に、これから落語を聴くひとって、いろんな趣味を持ってる人だと思う。時代劇が好きなひとが落語を観たときに、「この人はあの役に向いてるな」とか、野球好きなひとが「あの球団の誰々に似てる」とか、見立てがあるわけじゃない?
そういうプレビューとレビューの文化を根付かせたいなって。思うんです。それが「他の文化と並列化する」ということですし、一回の公演を余すところなく楽しみ尽くす極意だと思うんです。
それは僕が木村万里さんから教わった面もありますし、幸運なことに、素敵な先輩や演者さんに出会えて、そういう環境で育った客だからっていうのもあるんだけど。
落語は分からないけど野球は分かるってひとが、落語家さんを野球選手にたとえたレビューを読んで、たとえば落合(博満)にたとえられている。
そうすると、落合のことが分かれば、この落語家のことも分かるだろうって思える。そういう風に、別の世界の言葉に置き換えていく、っていう作業をレビュアーにはうながしてます。思いもよらないレビューが飛び出して、いますごく楽しいですね。

:それをお客さんにも望みますか?

:お客さんがどう受け止めるかは完全に自由ですよ。それはこちらが押し付けるものではない。
たぶん落語って、30歳前後で出会う趣味ですよね。僕の考えでは、それまでの人生で知ってることに置き換えるって作業は、とっつきやすいと同時に、落語に対する無駄に堅苦しいイメージを緩和することもできると思うんですよね。
お客さんがシブラクに行きたいって思ったその日から、劇場に足を運ぶまでにプレビュー読んで、こういうひとが出るんだ、どんな人なんだろう、とか。ポッドキャストで聴いたときに、こんなこと言ってたな、とか。
で、当日仕事が終わって、電車乗って、ライブに足を運ぶっていう、そういうドラマをお客さんはみんな持ってる。見終わった後で電車に乗って、レビューを見る。
「あの会はなんであのネタやったのかな」「このひとはこういう見方してるんだ、面白い」とか、Twitterやレビューでもう一回楽しめる。一回の公演で、何日間も楽しめるじゃない。そうすることによって、会に感情移入してくれるし、思い入れが生まれる。それがシブラクのブランディングにもなりますよね。

:こんど四回目のトリをとらせてもらいますけど(注:2016年4月8日)、僕のトリの回って、動員が多いじゃないですか。これはなぜなんですかね、タツオさん的にはどう思ってますか?
これ褒められたいとか思ってるんじゃなくて。単純に、僕も不思議なんですよ。

: 最初に、いまからする噺の意味付けをしてくれるじゃないですか。
この噺のポイントはここだよ、理解するためのバックボーンここだよ、と。それで俄然、噺に入りやすくしてくれてるの。
怪談の話をしてくれたときあったよね、(三遊亭)圓朝が、なぜ怪談噺を作ったのか、っていう。昔のひとはこういう意味で聴いていて、作った人はこういう意図だけど、いまみなさんが聴くのは、こういう意味なんです、ってちゃんと説明してくれた。
あるいは『宮本武蔵』で、"十メートル"って表現をしてくれたりとか。尺貫法ではなく。
いまのひとが物語を聴く動機付けと、物語自体の聴きやすさ、両方を持ってるからだと思うんですよね。で、意外と講談面白いじゃん、俺が知らなかっただけじゃんって思ってくれるひとが多いんだと思う。
なんか追いかけてみたいなっていう松之丞さんの才能を、見つけはじめたひとが増えたのかなって。

:なるほど。

:だから独演会需要が増えるだろうし。

:独演会の芸人ですよね。

:シブラクで、松之丞さん一人で一時間とか、三人で後半一時間あるいは四十五分、ていうのを考えてる。

:そうなんですか。たとえば前の二人は誰になるんですか、理想的な形としては。

:誰でもいい。名前出さなくてもいい。

:(笑)

:松之丞さんは、僕のなかでは、もう真打です。なので、真打の師匠と同じ扱い、同じ場所で、煽りもなく普通にトリをとって、普通に満席にする。現状そうなりつつあるよね。
で、今度は、松之丞さん見るために、出演者が三人でもこれだけ入るんだ、っていうのをやってほしい。トリの名前だけ公表するっていうのもそういうこと。でも、本来寄席の楽しみってそうなはず。

:あ、そうだ。そういえばそうですね。

:そう。ただ、理解者がいないね(笑)

:(笑)現状でうまくいっちゃってますから。

:僕からも、ちょっと聴きたいことがある

:え、何ですか?

:シブラクのダメ出しをしてほしいなって。

:タツオさんに? 全然ないけどなあ...これ、昨日鯉八兄さんにも聞いたんです。「タツオさんにそういうのある?」「ないです」って。

:鯉八さんは食わしたい。だれかマネージメントしてほしい。

:(笑)

:あのひとが売れるか売れないかに、今後の落語界がかかってるといっても過言じゃないんだよ本当に。
あのパターンが売れるんだったら弟子も入ってくるし、西暦2100年のの落語も生まれるはずだから。

『成金』という奇跡、松之丞の"志の輔化"

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:タツオさんから見て、『成金』(注:松之丞を含めた、若手落語家・講談師十一人のグループおよびその関連公演名)の存在ってどうなんですか?

:大きいです。
時代を作ってきたグループは、過去落語界にもあったけど、そういうひとつのコアになりつつあるよね。それが自主主催から広げていったっていうのは、大きいと思うんですよ。
スポンサーがいるとか、外部のプロデューサーがいるとかじゃなくて、自分たちで作ってるっていうのは、今後の活動の自信にもなると思うし、別々の道を歩み始めるときがきても、芸人としていい経験だと思う。
いい意味で、自治ができてるし。

:王様が君臨してるってことでなく。

:革命グループみたいな。頭の切れるひとがいて、リーダーシップ発揮して、ちゃんと言うこと聞くひとたちがいて。
偏見かもしれないけど、ピン芸人って言うこと聞かないイメージがあるんですよ。落語家さんは特にそうで、群れないし、自我が強いはずなんだけど、成金メンバーはその点うまく統制がとれてるな、って。

:なるほど。それはたぶん前座を一緒にやったっていうのもあるんでしょうね。

:ビジネスライクの付き合いだと、コンビはすぐ解散しちゃうから。
やっぱり利害関係がないタイミングで、公立の学校じゃないけど、金持ちの子も貧乏の子も頭いい子も悪い子も、ごった煮だけど、同じクラスだから仲良くなってる、っていうことが大事だと思うんで。ひとつの奇跡だよね。

:ありがとうございます。

:そういうグループは大切にしてもらいたいし、仲間うち感が出ちゃうリスクもあるんだけど、一方で"ドル売り"(アイドル売り)できるっていう利点があって、そこは非常に魅力的な部分でもあるし、危険な部分でもあるかな。
あとは馴れ合い。お客さんとの馴れ合いで、信者が増えてくと排他的になってくるから。そうなると、「お前は真の成金ファンじゃない」みたいなことを言い出すひとたちが出てくる。でも、成金ファンはお行儀良いし、すれてなくて、本当にいいお客さんですよね。

:常連のお客様はもちろんありがたいんですが、風通しのよい会でいたい、という思いが僕は強くて。新規のお客さん大事ですよ、って言い続けてるんですけど、たぶん僕だけ。

:それもさ、役割分担できるからさ。そういうのを言っていいキャラっていうのが発信するから。

:そうですね、いいバランスなのかなって思いますけどね。十一人っていう人数に関してはどうですか?多すぎる少なすぎるとか色々あると思うんですけど、僕はちょうどいい人数だと思うんですけど。本当の意味で、いろんな人がいるって分かるんで。

:これが四人とか三人だと、マストで出なきゃいけなくなるけど、十一人いれば、その日だれか出られなくても埋められるってあるよね。
AKB四十八人いるけど、メディア出るのは五人、みたいな風にまわせるのは大きな利点。

:じゃあ、ちょっと最後に。

:松之丞さんは、もうほんとに"志の輔師匠化"していくしかない。

:あー、同じこと思ってるんだ。僕も志の輔師匠化していくしかないかって思ってるんですよ

:そこにビジネスモデルの正解があるわけで。

:講談をあの形でやっていくってことですよね。

:"講談"とも言わなくてもいいと思うんだよ。

:(笑)

:「松之丞観に行く」でいいと思うんだよ。「今日聴いたものはいったいなんだったんだ! そうか、講談っていう芸能なのか!」 っていう順番でいいと思う。
講談を聴きたい、じゃあ松之丞ってのを聴いてみるか、という、ジャンルが先行する順番じゃなくていい。「講談」ではなく、「神田松之丞」で検索するひとをつかんでほしい。

:山陽兄さんという天才がいて。兄さんが切り開いた道もある。タツオさんは、僕と兄さんの違いをどう見てますか?

:山陽さんは声も高いし明るいし、伸びてたから軽かった。松之丞さんは暗い。いい意味で、暗い。暗さが出せる。あとね、湿ってる。なので、人間の闇の部分を抱えた噺もできる。けど、明るさもある。

:嬉しい。

:松之丞さんは、これから講談を聴くお客さんを育てていくっていう使命が出てくるし、講談は特に、落語より危機的な状況だと思う。
面白いこと、新しいことをやろうとしても、分かるひとが居ないかもしれないし、理解者が少ないかもしれない。なんだったら怒るひとがいるくらいで。
評価してくれる世代を、自分で作って自分で育てないといけないっていう使命。そういうアイコンになることで、出来ることと出来ないことがでてくると思うので、その使命と戦っていく前に、いまはやりたい放題やってもらいたいな!

:あー、なるほど。

:のびのびできるところを、いっこ作ってもらいたい。いろいろ背負わされるじゃん。

:そうですよね、志の輔師匠化か。

:そのときのために、カロリー消費しすぎて命削ってほしくない。マウスピースしたり膝を壊さないようにするっていうのは長生き前提の話だよ、走ったりとかさ。そういうストイックなところ、最高だよね。

:んー、確かに酒もタバコも飲まないですしね。わかりました。長い時間ありがとうございました。
タツオさんは、今後プレイヤーとして、ライブで生きていきたいって感じなんですか?

:プレイヤーとして、漫才やってるときが一番楽しい。落語のお客さんの前でやりたいなっていうのはある。

:タツオさんの漫才を落語の場で観たいひと、多いでしょうね。

:落語のお客さんに向けた漫才のあり方っていのがあってもいいじゃないかなって。
たぶん、僕らのお客さんと落語の相性もいいはずなんですよ。僕らを見に来たひとって、絶対落語にハマってくれると思うんですよね。活字好きとか、ラジオ聴いてるお客さんが僕らのファンになってくれてるし。そういう人たちを引っ張っていきたいね・

:たとえば、5日とか10日とか新宿末廣亭の番組に米粒写経が入るっていうのは。

:やりたいよ! 夢だね。

:居島(一平)さんも、そういう願いってあるんですか?

:あるある。こんど、初めて末廣の文左衛門師匠の会に出させてもらうし!(注:2016年5月31日(火)新宿末廣亭余一会『文左衛門・喬太郎二人会』に出演予定)

:えー、意外。初めてなんですか。

:いつも東洋館オンリーなんだよ。あと上野広小路亭だけだから。
やっぱり、末廣は違うよね。池袋も鈴本も好きだけど、家が近いので、いちばん通った寄席っていうのもあるし。風情がある。落語を吸収してきた建物の木の記憶が自分を包み込んでくれるような雰囲気がある。住みたい!
居島さんもめちゃめちゃ興奮してたよ、やっとか!と。僕ら末廣大好き芸人だから(笑)

:(笑)

:俺、末廣のあの柱の後ろに圓朝がいるって思ってるもん。いい高座見ると「あー、圓朝師匠いまニッコリしてるんじゃないか」って思う。末廣はいいよ。

:ですよね。

:(桂)文楽(注:先代)と(古今亭)志ん生が談話してる、楽屋の火鉢あるじゃん、もう最高じゃん!

:僕らは四年間、前座であそこにいて、もう嫌な思い出で幻想が濁ってるんですよ。タツオさんは、ものすごいピュアなままいけるっていう、これだけ溜めて溜めての末廣だと(笑)

:で、そこで何も言わずネタ入りたいけど、言うんだろうなー(笑)そのためにやってきたとこあるからね。もう大興奮!

※松之丞出演のシブラク情報はこちら

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